第9回 マイクロプラスチック汚染の脅威2 “化学物質による生物への影響”

マンガ「生態系と私たちの未来のために行動を!」

生態系に流出したプラスチックはしだいに小さくなり、回収が困難な5mm以下の大きさの「マイクロプラスチック」となります。マイクロプラスチックは貝や小魚に取り込まれ、食物連鎖を通じて、生態系のより上位の生物の生体への残留性有機汚染物質(POPs)や化学添加剤の濃縮と蓄積が進んでいきます。今号では、プラスチックに含まれる有害化学物質が、どのように生物への影響を引き起こすのかについて紹介します。

文・高田秀重(東京農工大学 農学部 環境資源科学科)

PROFILE

高田秀重

高田秀重(たかだ・ひでしげ)

東京農工大学農学研究院環境資源科学科教授。専門は環境中の人工化学物質の分布と輸送過程の解明。1998年からプラスチックと環境ホルモンの研究を開始し、2005年以来、「International Pellet Watch」を主宰。2012年から19年まで、国連の海洋汚染専門家会議のマイクロプラスチックワーキンググループのメンバー。「現場百ぺん、予防原則、No single-use plastic!」を信条としている。


海中の有害化学物質を吸着し、体内に移行・蓄積する

沖縄で私たちが行なった調査の結果、プラスチックごみの多い砂浜のヤドカリでPOPsの一種ポリ塩化ビフェニル(PCBs)の吸収や蓄積が確認されています【図1】。

図1 西表島のオオナキオカヤドカリ肝臓中のPCBs:西表島のオオナキオカヤドカリ肝膵臓中のPCBsの濃度。横の軸は検体を、縦の軸は濃度を表す

海を漂うプラスチック片は、海中に含まれている有害化学物質を引きつけ、吸着します。さらにマイクロプラスチックは長距離の移動が可能で、分解されにくい性質のため、世界中の海を移動しながら海中の有害物質を吸収し、環境汚染と生物濃縮を拡大していく可能性があります。

非常に低濃度ではありますが、海中には分解されにくい有害化学物質「残留性有機汚染物質(POPs)」が溶けています。このPOPsは、国際条約のストックホルム条約(※1)で規制されています。海中では低濃度ではあっても、POPsは食物連鎖により「生物濃縮」を起こし、生物の脂肪に蓄積されることがわかっています【図2】。

図2 生物濃縮の模式図:海水中に溶けている有害化学物質をマイクロプラスチックが吸着し、それを取り込んだプランクトンを魚が食べることによって魚の体内に蓄積・濃縮され、食物連鎖を通してヒトへと運ばれる

ベーリング海で混獲されたハシボソミズナギドリでは、胃の中のプラスチック量が多いほど、脂肪中の有害化学物質(PCBs)濃度が高くなる傾向が報告されました【図3】。またプラスチックに含有する添加剤を脂肪中に蓄積している個体も見つかりました。

図3 ハシボソミズナギドリの胃内プラスチック重量と腹腔脂肪中の低塩素PCBs濃度の関係:ベーリング海で混獲されたハシボソミズナギドリから得られたデータ。プラスチックが多いほど、有害化学物質の濃度が高くなる

プラスチックから海水に添加剤が溶けだすには何万年もかかるという研究もありますが、最近の研究では、海水には溶けだしにくくても、生物の消化液に含まれる油分に反応して溶け出し、化学物質が生物の体内に蓄積していくことがわかってきました。

プラスチックに含まれる化学物質(特に添加剤)の海鳥への蓄積

年間4億トンも生産されているプラスチックのうち7%(2800万トン)は、プラスチックの機能などを高めるために使用されている添加剤です。紫外線の吸収剤、加工しやすくする可塑(かそ)剤、燃えにくくするための難燃剤、劣化を防ぐための酸化防止剤など、さまざまな種類がありますが、この中に内分泌を攪乱(かくらん)することが疑われている化学物質が含まれています。

われわれの共同研究(※2)では、5種類の添加剤を野生の海鳥の胃から見つかる濃度と同程度に調整したものをプラスチック粒に添加し、その5粒を、国内の島で繁殖するオオミズナギドリのひなに投与して、自然界で起こっていることを再現する実験を行ないました。そして、投与したひなの肝臓、脂肪、および尾腺ワックスを分析したところ、これらの組織にプラスチック粒由来の添加剤が含まれていることがわかりました。

また、プラスチック粒を投与した海鳥の組織での添加剤の蓄積は、プラスチック粒を直接摂食しない場合の蓄積に比べ、91倍から12万倍にも達しました。このことは、プラスチックの摂食が海鳥の体内組織に添加剤を移行させ、添加剤が海鳥の組織に蓄積することの立証で、プラスチックが海鳥汚染の直接の原因になることを示しています。

さらに自然界での海鳥での実態をつかむため、ハワイ諸島の野生の海鳥6種類の尾腺ワックスを採取して分析しました。その結果、海水表面でのプラスチック摂取量の多いアホウドリ2種では尾腺ワックス中に添加剤が検出された一方、プラスチック摂食がほとんどない他の4種では検出されませんでした。つまり、海を漂う小さなプラスチック片は、生物の体内に有害化学物質を運び込む「運び屋」にもなっているのです。

これらの調査結果から実際の環境中では、海洋プラスチックによる海鳥の化学汚染はかなり進行しているものと考えられます。

健康被害は海鳥だけではない

プラスチックの添加剤による生物影響については、最近、添加剤によりビタミンや代謝に必要な成分が攻撃されることから、免疫機能の低下、あるいはアレルギーや肥満に影響することがわかってきました。また、人間の生殖機能を低下させる可能性についても指摘されています。

世界規模での海鳥調査により、少なくとも海鳥の40%にプラスチック添加剤の蓄積が確認されています。これらの化学物質による海鳥体内の物質代謝への悪影響が懸念されており、血中カルシウム濃度の減少や、尿酸の増加、中性脂肪の増加などが報告されており【図4】、これらによって健康が損なわれ、卵の殻が薄くなったり、個体群への影響が生じる可能性もあります。

海鳥の個体数は世界的に減少しており、海鳥全種の28%は絶滅危惧種ですが、プラスチック汚染によって、すでに減少している海鳥の絶滅の危機を加速させる懸念もあります。

図4 プラスチックの摂食と血中コレステロール値・カルシウム値の関係:胃内にプラスチックを取り込んでいるものといないものとでの、血中コレステロール値と血中カルシウム値の比較。プラスチックが蓄積されている鳥は、コレステロール値が高く、カルシウムが減少している傾向にあった

魚や海鳥の問題ではなく私たち自身の問題として取り組もう

これまで述べてきたように、海洋のプラスチックは、海洋表層から深海まで、世界中のあらゆる海域に広がり見つかっています。プラスチックの添加剤は海洋生物だけではなく、プランクトン、魚や貝などを通して、人間の免疫系など、健康にも影響を与える可能性が大きく示唆されています。

石油を原料とするプラスチックの製造や焼却による廃棄は、資源の枯渇と気候変動を加速させます。海洋生物、そして私たちの健康を守っていくために、いますぐにできることとして、まずは私たち一人ひとりが意識して日常から、プラスチックの使用量を減らし、脱プラスチック生活を心がけることが大切です。

脱プラスチックに向けて当会のこれまでの取り組みとこれから

これまで全9回にわたり、「海洋プラスチック問題を考える」と題し、使い捨てのプラスチックが引き起こすさまざまな問題を取り上げてきました。

私たちの身の回りにあるプラスチックが、ごみとして自然界に流出し、海鳥をはじめとする海にくらす生きものにとって命を脅かす大きな脅威となっています。

当会では、2019年以降、他のNGOと共同でこの問題に取り組み、使い捨てプラスチック製品の生産や使用削減、自然界への流出をなくすための政策提言活動を行なっています。同時に、セミナーの開催や学習教材の開発などを行ない、この問題の普及・啓発に取り組んでいます。

今年度は、この問題を多くの方に知っていただけるよう、オンラインセミナー(ウェビナー)を6回開催予定です。また、海鳥への影響について研究機関の協力を得ながら科学的に調査を行なう予定です。

プラスチックは便利さと手軽さを持ち合わせているために、そこからの脱却は簡単なものではありません。海鳥を守るために、そして、私たちの健康を守るために、今一度、この連載を読み返していただき、ワンウェイ(使い捨て)のプラスチック使用を減らすこと、そして、脱プラスチック生活に向けてできることから少しずつでも取り組んでいただければと思います。

連続ウェビナー
海洋プラスチックの問題を考えよう


※1 「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」。環境中での残留性が高いPCB、DDT、ダイオキシン等のPOPs(Persistent Organic Pollutants、残留性有機汚染物質)については、一部の国々の取組のみでは地球環境汚染の防止には不十分であり、国際的に協調してPOPsの廃絶、削減等を行なう必要から、2001年5月、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」が採択された。(環境省HPより)

※2 東京農工大学 高田秀重教授、北海道大学 田中厚資博士研究員・石塚真由美教授・綿貫 豊教授、ハワイ・パシフィック大学等による国際共同研究チーム

会誌『野鳥』2021年7・8月号(No.853)より(会誌『野鳥』の詳細はこちら


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