公益財団法人日本野鳥の会
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当会の活動

チュウヒの保全に向けた調査

北海道苫小牧市弁天沼周辺におけるチュウヒCircus spilonotusの繁殖状況

浦 達也,加藤和明
財団法人日本野鳥の会 自然保護室 191−0041東京都日野市南平2−35−2

はじめに

チュウヒ Circus spilonotus はロシア極東南部、モンゴル、中国東北部、ウスリー地方およびニューギニアで繁殖し、東南アジアで越冬する。日本では本州以北の湿地や干拓地、大きな川の河口や湖沼の辺縁のヨシ原で局地的に繁殖するほか、冬鳥として飛来する(森岡ほか 1995)。
国内で繁殖するチュウヒの個体数は多くても数十羽程度であり(環境省 2002)、第三回繁殖分布調査(環境省 1999)では、繁殖の可能性のある地点はわずか9ヵ所と個体数および繁殖地の少ない、絶滅危惧U類の鳥類である(環境省 2002)。
チュウヒが繁殖場所として好む広大なヨシ原は大規模な開発の適地となり、そのような場所は現在までに減少を続けてきた。そのためにチュウヒの数も減少したとも考えられている。しかし現在はおもに、干拓地や造成地として整備されたにもかかわらず、なんらかの理由で放棄され、その後はアシの優占する草原へと遷移した、沼を含むような広い場所もチュウヒの繁殖地として利用されている(森岡ほか 1995)。
北海道苫小牧地方の弁天沼を含む周辺約10000haもそのような場所であり、近年においてチュウヒの存在が確認された。今までに弁天沼周辺では数つがいのチュウヒが確認されているが、繁殖に関する行動やヒナが確認されたといったような、確実な繁殖の記録はなかった。
(財)日本野鳥の会では、ラムサール条約湿地であるウトナイ湖、および弁天沼を含む勇払原野を一体の環境と捉え、わが国におけるIBA(重要野鳥生息地)保全のモデルケースとして、広域にわたる保全を実現させることを意図し、2000〜2002年においておもに鳥類に対して様々な調査を行ってきた。それら調査の中で2001年には、チュウヒの餌渡し行動から繁殖の可能性および営巣可能性の高い範囲を推定することができた。そのため、2002年にはチュウヒについてできるだけ詳しく調査を行った。繁殖について情報の少ないチュウヒについて調べた結果を示すことは、今後のチュウヒの保全を検討していくうえでも重要と考える。そこで、当会で行った調査結果を示し、若干の考察を加えたい。

調査地および方法

勇払原野(図1)は北海道苫小牧市東部に位置する。勇払原野では先住のアイヌ民族により自然と共存した文化が存在していた。江戸時代後期から松前藩により交易場、そして農地として開拓の手が入ったが、火山灰土、湿地、夏の霧と低温などに阻まれ、農業開拓は進展しなかった。その後の1960年代の高度成長期に、苫小牧東部開発計画が始まり、排水路による乾燥化、工業用地の造成が施された。しかし社会情勢の変化により多くの土地が未利用のまま放置され、現在はヨシ Phragmites communis、ススキ Miscanthus sinensis、スゲ Carex sp.、ヤチヤナギMyricagale var. tomentosa などが優占し、ナラ (Quercus serrata, Q. mongolica, Q. dentata) やハンノキ Alnus japonic などが二次林および防風林を形成する、弁天沼(34ha)や池沼群を含む低層湿地となっている。月平均気温の幅は-5℃(1月)〜21℃(8月)で、年平均降水量は1200mm、積雪量は30cmである。

図1. ウトナイ湖(左上)と弁天沼(真中)および周辺の湿地と草原

2001年の繁殖期に勇払原野内で行われた鳥類相調査、オオジシギ生息分布調査の実施中に確認された餌渡し行動や非繁殖期に行った古巣の捜索の結果から、チュウヒの営巣可能性の高い範囲を苫小牧東部開発用地10700haの中から推定した。2002年は繁殖期に、前年に推定した範囲において、弁天沼、旧安藤沼、弁天東池群、いすゞ南、勇払川安平川河口、厚真発電所北などに10ヶ所の定点を設け、飛翔経路、餌運びや餌渡しなどの行動を記録した。また、他の鳥類生息調査中に観察された行動もできるだけ記録した。
チュウヒが探餌に利用する環境を知る目的で、チュウヒの飛翔距離の合計を相観植生別に求めた。記録したすべての飛翔経路のうち、高度の高い飛翔や餌運びなど、探餌と関係がないと考えられる飛翔を除いた全飛翔の総延長距離に対する植生別の飛翔距離を求めた。

結果および考察

設定した定点のほぼすべてでチュウヒが探餌と考えられる飛翔行動をしているのを確認し、巣の近くにおいて抱卵しているメスへの餌渡し行動を弁天沼、弁天東池群、いすゞ南周辺で観察した。また、旧安藤沼、厚真発電所北でもつがいと思われる2個体を観察したが、餌運び、餌渡し行動は観察されなかった。これらチュウヒの行動観察の結果については、表1および図2に示す。

図2. チュウヒの飛翔経路および行動のプロットと調査地名


表1. 観察地域別チュウヒ個体数と生息状況(+は示した数字以上の個体が存在する可能性があることを示す)

調査地 探餌 餌渡し 推定利用個体数 営巣可能性 利用状況
いすゞ南
(旧安平川氾濫原)
2(1つがい) 確実 おもに休息場所。早い時期には餌渡しを観察。
勇払川安平川河口   6+ 低い 狩場として利用。
弁天沼 4+(2つがい) 確認 餌渡し、餌運びを高頻度で観察.1巣確認。
沼の西側と北側に2ペアが営巣の可能性。
弁天東池群 2(1つがい) 確実 早い時期に餌渡しを観察。
厚真発電所北   3(含1つがい) 高い 休息場所、狩場として利用。過去の営巣記録あり。
今も営巣地の可能性高い。
旧安藤沼   2(1つがい) 高い 休息場所、狩場として利用。過去の営巣記録あり。
今も営巣地の可能性高い。

相観植生別の探餌飛翔距離は、ヨシクラスがほぼ4割、ススキ草原がほぼ3割近くを占め、牧草地・耕作放棄地・畑地、造成地(多くは造成後に草地となっている)が2割程度、ハンノキ群落(高木から低木までを含む)がほぼ1割であった(図3)。

図3 相観植生別のチュウヒの探餌飛翔割合

今回の調査結果において、弁天沼や旧安藤沼で顕著であるが、場所によっては飛翔経路が短くしか描けておらず、ヨシ原の周辺にのみ経路が偏る傾向がある。これは、調査地の地形が平坦であり、牧草地・耕作放棄地には防風林が残っているため、また、調査人数の関係から、広い視野や数多くの定点を確保できず、チュウヒの行動圏を広範囲に網羅できなかったことによる。したがって、観察結果を示した地図上では、飛翔経路が短い場所でもチュウヒの飛翔範囲が狭いわけではなく、途切れている飛翔経路に続くような地域を飛翔し、利用していると考えられる。
旧安藤沼、厚真発電所北のつがいと思われる2個体づつは、調査を行った時期が6月上旬とチュウヒの繁殖期後期であったため、すでに繁殖に失敗したペアがその行動圏を維持しながら利用しているものと考えられた。
勇払川・安平川河口では6個体もしくはそれ以上のチュウヒを確認したが、餌運びや餌渡しなどの繁殖に関わる行動がみられなかったこと、また、それらの個体の多くは羽衣から若鳥もしくは幼鳥と考えられ、繁殖可能年齢に達していない個体もしくは参加できなかった個体が集まっていたものと思われる。
飛翔経路における利用植生ではヨシクラスの利用比率が高かったが、調査目的の第一は繁殖状況の確認であり、営巣環境であるヨシ原の周囲に定点を配したことから十分に予測される結果であった。しかし、ヨシクラスだけではなくススキ草原やその他の草原環境も多く利用していたため、チュウヒはこの地域の草原環境を多く利用しているものと考えられる。チュウヒは繁殖や狩猟の場所の環境としてヨシやススキの草原や農耕地を好むとされている(森岡ほか 1995)。今回の調査結果でも、繁殖行動を確認した場所や飛翔経路における利用植生において、チュウヒにとっては一般的と考えられる結果であった。
青森県八郎潟では2つがい、三重県木曽岬干拓地では3つがい、石川県河北潟では10つがいが繁殖しているとされている(環境省 1999)。今回の調査地全域においては6つがい前後が繁殖していると推定され、弁天沼周辺は国内でもまとまった繁殖つがい数および生息数を維持していることから、日本の重要な繁殖地のひとつであると考えられた。

謝 辞

本調査において、計画段階から現地調査まで黒澤隆氏には大変にお世話になった。(株)苫東による調査地の立ち入り許可なしには調査は実現しなかった。現地調査では、黒澤令子氏にご助力をいただいた。また、勇払原野全体の調査においては、荻野裕子氏、鈴木要氏、先崎啓究氏、高田雅之氏、辻幸治氏、諸橋淳氏、諸橋仁美氏、矢部和夫博士にご協力をいただいた。ここに記して厚く御礼を申し上げる。

引用文献

環境省. 1999. 生物多様性調査鳥類調査中間報告書. 342p. 生物多様性センター,富士吉田.
環境省. 2004. 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−鳥類−. 158-159. 自然環境局野生生物課,東京.
森岡照明・叶内拓哉,川田隆・山形則男. 1995. 図鑑日本のワシタカ類. 298-325. 文一総合出版,東京.

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