当会 名誉会長 柳生博 に関するご報告

当会の名誉会長である柳生博が、2022年(令和4年)4月16日、老衰のため85歳で逝去いたしました。

ご葬儀は、4月20日ご家族だけで密葬が執り行なわれました。
尚、後日、八ヶ岳俱楽部主催にて故人を偲ぶ会が催される予定です。

故人のご冥福を衷心よりお祈りし、謹んでお知らせ申し上げます。

柳生博名誉会長のプロフィール

その他の主な役職

俳優、コウノトリファンクラブ会長

  • 1937年茨城県生まれ。船長を目指し東京商船大学に入学するも視力低下により断念し中退、その後俳優座養成所に入所する。1961年に東映映画「あれが港の灯だ」でデビュー、朝の連続テレビ小説「いちばん星」(NHK)の野口雨情役で一躍脚光を浴びる。「生きもの地球紀行」(NHK)の出演・ナレーションでも10年近く活躍する。テレビ、映画、講演会などさまざまな分野で幅広く活動。
  • プライベートでは、山梨県八ヶ岳南麓に居を構え、ギャラリー&レストラン「八ヶ岳倶楽部」を運営。雑木林の再生に取り組み、里山の風景を再現、これを一般に開放し、年間10万人を超える来訪者の心を癒している。
  • 1986年(昭和61年)より会員。
  • 1999年(平成11年)2月より2004年(平成16年)2月まで顧問。
  • 2004年(平成16年)4月1日より2011年(平成23年)3月まで理事。
  • 2011年(平成23年)4月より評議員。
  • 2004年(平成16年)4月17日より会長就任し、2019年(平成31年/令和元年)6月までの15年間、会長職を務めた。
  • 2019年(平成31年/令和元年)6月より、名誉会長に就任。

(2022年4月1日現在)

(公財)日本野鳥の会での功績

柳生博名誉会長の会長職は、創設者中西悟堂に次いで長く、15年間に及びました。本人は、会長職退任の時に、このことをとても光栄なことだと思っていたようです。

日本野鳥の会の会長としての役目は、環境省や国交省といった政府機関、地元行政、農業漁業の関係者、保護団体が一堂に会して、自然や生きものについて話し合う場に参加する機会を多くもつことになり、それまでの俳優業と違い、責任が大きい仕事だと感じていたようです。
近年の活動で特に印象に残っているのは、栃木県小山市の渡良瀬遊水地や宮城県大崎市の化女沼、熊本県の荒尾干潟、北海道の勇払原野などのラムサール条約登録関連のイベントや、生物多様性条約締約国会議など、国際条約に関してのイベントや式典だと、会長退任時に語っていました。

また、公益財団法人日本野鳥の会には全国に約90もの支部があり(2022年現在は86支部)、ブロック会議(関東、中部など、全国を7地域に区切り、各地で開催する支部の会議体)などで各地を訪ねると、地元の方々が「会長勉強会」といって、その土地、海、川の鳥や自然、歴史についてレクチャーをしてくれましたことも、会長として仕事の楽しみの一つだったようです。

2019年には会長職を退き、名誉会長に就任し、こういった地方での会合に出る機会はほとんどなくなりましたが、日本の豊かな自然環境を次世代に残すための取り組みにはこれまでと同じように取り組むべく、会員を集めたイベントへの出演などに積極的でした。

2020年のコロナ禍以降は、八ヶ岳倶楽部での活動が主で、日本野鳥の会での活動は一時休止となっていました。

モットー・決め台詞  「確かな未来は、懐かしい風景の中にある」

「確かな未来は、長い時間をかけて人が自然と折り合いをつけてきた里山に代表される、懐かしい風景の中にこそある」をモットーにしてきました。また、自分たちの「損得」ではない、野鳥の立場にたった「真心」を込めた日本野鳥の会会員の活動に触れるにつけ、「会長になってよかった」「いい役をやらせてもらった」と、しみじみと感じてきました。日本の多様性に富む自然を尊び、人と自然が共存する豊かな社会の実現をめざしていきたいと思います。(会長を退任、名誉会長就任時に)

左①)「国際サシバサミットプレイベント」にて講演。2019年2月栃木県市貝町
中②)貴重な野鳥の生息地・勇払原野を視察。2016年11月北海道苫小牧市
右③)小山市環境都市宣言10周年記念式典にて講演。2018年8月栃木県小山市

左④)渡良瀬遊水地にて。コウノトリの定着を見守る活動をしている地元の方々と、情報交換をしているところ。2018年8月

上田恵介 日本野鳥の会会長

柳生さんが会長になられた時、「ああ、あの『生き物地球紀行』のナレーションの人だな」と思ったくらいで、ほとんどテレビを見ない私は、柳生さんのそれまでの俳優としての活動など、まったく存じ上げていませんでした。けれど、会の全国的な会合などでお会いして、お話を聞くにつれ、とてもいい会長がきてくださったなと感じていました。

柳生さんが会長になられた頃、会は組織的にもいろんな困難があって、大変な時期でした。それを柳生さんは持ち前のパワーと楽天主義で支えてくださって、今に至っていると思っています。柳生さんの人柄でしょうね。みんなに慕われていて、日本野鳥の会はほんとうに良い会長に恵まれていたと思います。
私もがんばらねばと思います。柳生さん、安らかに。

遠藤孝一 日本野鳥の会理事長

柳生名誉会長は、「確かな未来は懐かしい風景の中にある」という言葉をよく語っておられました。「私たちが進むべき未来は、人と自然が共存している里山などの在り方がヒントとなる」という意味です。ご本人自らが八ヶ岳に森を作り育てるという実体験を重ねたうえでのこの言葉には大変説得力があり、私たちの心に響くものでした。

会長時代は、全国津々浦々の日本野鳥の会の支部を訪ね歩き、その地域の野鳥や自然について当会の会員さんと語り合い、飲み交わすことをとても楽しみにしておられました。そうした親しみやすい人柄から、当会の会員はもちろん、自然保護活動、行政、開発事業の関係者など、かかわりのある皆さんから好かれ、良好な関係を作れるという不思議な魅力を持った稀有な存在でした。今改めて、柳生名誉会長が残してくださった言葉と足跡を噛みしめています。

公益財団法人 日本野鳥の会について

1934年設立の日本最古にして最大の自然保護団体。「野鳥も人も地球のなかま」を合言葉に、野鳥や自然の素晴らしさを伝えながら、自然と人間とが共存する豊かな社会の実現をめざして活動を続けています。
独自の野鳥保護区を設置し、シマフクロウやタンチョウなどの絶滅危惧種の保護活動を行なうほか、野鳥や自然の楽しみ方や知識を普及するイベントや冊子の発行などを行なっています。会員・サポーター数は約5万人。野鳥や自然を大切に思う方ならどなたでも会員になれます。
URL:https://www.wbsj.org

歴代会長

初代 中西悟堂(歌人・詩人) 1934年~
第2代 山下静一(元経済同友会副代表幹事)1981年~
第3代 黒田長久(鳥類学者) 1990年~
第4代 小杉 隆 (前衆議院議員) 2001年~
第5代 柳生 博 (俳優・作庭家) 2004年~2019年
第6代 上田恵介(鳥類学者)2019年~

本件に関してのお問い合わせ ※写真のお貸出し

公益財団法人 日本野鳥の会 広報室
TEL:03-5436-2632 (平日:10時~16時)
E-mail:koho@wbsj.org
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