プレスリリース:絶滅危惧鳥類「チュウヒ」の全国繁殖つがい数が明らかに ~全136つがいで、国内最少のタカ科鳥類であることが判明~

2020年12月10日

■2018~2020年の繁殖期(4~8月)に北海道全域で繁殖状況確認調査等を実施

(公財)日本野鳥の会(事務局:東京)は、日本では唯一湿地で繁殖するタカ科鳥類で、個体数の減少が懸念される「チュウヒ(絶滅危惧ⅠB類/国内希少野生動植物種)」の保護調査活動を行なっています。

チュウヒは春から夏に、主に北海道および本州以南の一部の湿地や草原で繁殖し、11~3月の越冬期を本州以南で過ごす留鳥(北海道は夏鳥)です。

当会は、近年になり個体数が減少していると考えられるチュウヒについて、主な繁殖地となっている北海道で繁殖状況を把握するため、2018年から2020年の繁殖期(5~8月)に、北海道全域を対象に繁殖分布調査を実施しました。同時に、本州等での現在の繁殖状況を把握するため、当会会員や地元の鳥類専門家に直接ヒアリングを実施しました。

チュウヒ
チュウヒ (Circus spilonotus
全長約48~58cm 翼開長113~137cm/タカ科/環境省レッドリストで絶滅危惧ⅠB類/国内希少野生動植物種(種の保存法)
写真:岡田宇司

■繁殖個体数136つがいを確認

その結果、北海道で117つがい、本州以南(青森4、秋田4、石川7、茨城1、愛知1、三重1、福岡1)で19つがい、計136つがいのチュウヒが繁殖していることを確認しました。

特に北海道ではチュウヒが多く繁殖しており(下図)、サロベツ原野周辺では58つがい、次いで勇払原野周辺で20つがい、石狩川流域で15つがい、釧路~根室地方で11つがい、オホーツク海沿岸北部で9つがい、十勝川河口域周辺で4つがいが繁殖していることが分かりました。また、本州以南には石川県の河北潟以外に大きな繁殖地はなく、19つがいにとどまりました。


今回確認した北海道でのチュウヒのつがい数

■チュウヒは日本最少のタカ科鳥類

現在、日本で繁殖個体数が少ないタカ科鳥類の生息数は、以下と確認されています。

  • チュウヒ       =136つがい (日本野鳥の会 未発表)
  • オジロワシ      =150つがい (白木ほか 2013)
  • イヌワシ       =241つがい (日本イヌワシ研究会 2015)
  • クマタカ       =900つがい (環境省 2004)
  • 亜種オガサワラノスリ =77つがい  (Suzuki & Kato 2000)
  • 亜種カンムリワシ   =100つがい (環境省 2012)

チュウヒは日本で繁殖するタカ科鳥類の中で、種としては1番目、亜種も含めると3番目に少ないことが判明。

■個体数の減少は、本州以南で顕著

環境省は、既存文献や当会等へのヒアリング調査により、2015年時点でチュウヒの繁殖個体数を80~90つがいと推定しましたが(環境省 2015)、その時点では北海道、特に道北部における繁殖状況が詳しく分かっていなかったため、その数値が含まれていませんでした。

今回の北海道の調査結果から推察できる2015年当時の生息数を加味すると、2015年の生息数は全国で160~170つがいがいたと推定できます。そのため、今回判明したチュウヒの個体数は2015年の推定結果と比べて増えたのではなく、むしろ減少していると言えます。

特に本州以南では個体数の減少が激しく、2010年頃までは40~50つがいほどが繁殖していたことを確認していますが、現在は19つがいと、半数以下となってしまいました。その主な原因は、繁殖地となっている埋立地や造成地の植生遷移(ヨシ原→灌木・樹林化)のほか、太陽光発電施設の建設などの開発行為やカメラマンの過度な接近など、人為的要因も大きく関わっています。

■北海道での減少要因―環境の変化や開発行為

北海道でも個体数の減少がみられており、10つがい程度が繁殖していた十勝川の中・下流域は営巣地があった河川敷の樹林化により、1989年に消失してしまいました(EFP 2011)。

オホーツク海沿岸の湿地や湖沼岸(EFP 2011)でも、2010年頃までは13つがい程度と少数ながら繁殖していましたが、現在はオホーツク海沿岸北部の9つがいとなりました。

釧路~根室地方も2010年頃まで18つがい程度が繁殖していたと確認できますが(EFP 2011、日本野鳥の会 未発表)、現在は半数に近い11つがいしか確認できていません。

このようにオホーツク海沿岸から北海道東部の太平洋岸にかけては、近年になって大きく個体数が減少していますが、湿地の乾燥化による営巣環境の減少に加え、道路の新設や太陽光発電所の建設などの開発行為が大きな要因となっています。また、近年になってオジロワシによるチュウヒの捕食事例がみられるようになってきたことから、オジロワシによる捕食圧が高まったことも一因としてあるのではないかと考えられます。

また、石狩川流域では最大で25つがい程度のチュウヒが繁殖していたと確認できますが(EFP 2011)、現在は15つがいと大きく減少しています。それは、十勝川のように繁殖環境の樹林化が進んだためと考えます。

サロベツ原野や勇払原野周辺は繁殖個体数が安定しているように見えますが、これらの地域では排水路の設置や農地整備(サロベツ原野)、土砂や資材置き場の設置(サロベツ原野)、太陽光発電や風力発電施設の建設(サロベツ原野、勇払原野)などの開発行為がみられ、また、繁殖成功率も低下しているため(先崎 未発表)、近いうちに繁殖個体数が大きく減少する可能性があります。さらに、アライグマやオジロワシの繁殖分布の拡大と捕食圧の上昇が、それを加速させるかもしれません。

■今後のチュウヒの保護―繁殖情報の把握と、その環境管理

チュウヒの繁殖を保全する場合、まずは繁殖に影響を与える可能性がある人為的要因(開発行為や人の接近)を取り除くことが必要です。そのためには、どこでチュウヒが繁殖しているかの情報を地域で把握し、地域住民や行政機関、開発事業者がそれに配慮していかなければなりません。

次に、繁殖環境を適切に維持、管理をしていかなければなりません。それには、チュウヒにとって好適な繁殖条件や環境を知る必要があります。また、比較的規模が大きく繁殖成績が良好な繁殖地の環境を維持していくことも必要となります。さらに、個体数を増やすのであれば、既存の繁殖地の周辺で条件の良い繁殖環境を創出、管理しながら、繁殖可能な環境を増やす必要があります。

当会では現在、サロベツ原野のチュウヒを保護するために、2018年から北海道の稚内市、豊富町、幌延町、天塩町にまたがるサロベツ原野を対象として、チュウヒの繁殖状況をモニタリングしながら、地域や関係者に繁殖情報を提供したうえで配慮を促し、また、好適な繁殖条件や環境がどのようなものかを調べています。さらに、チュウヒのための野鳥保護区を設置できる場所がないかも探しています。

また、サロベツ原野や勇払原野のチュウヒは農地や造成地などの民有地にあるササ原やヨシ原で繁殖することが多いため、地域住民や行政機関、開発事業者による高い保護意識の醸成が必要です。当会はこれらの方々と連携しながら、サロベツ原野および勇払原野のチュウヒの保護を進めていきたいと考えています。

当会はこのような活動を通して、チュウヒの日本一の繁殖地となっているサロベツ原野および勇払原野にあるチュウヒの繁殖環境を保護しています。

■引用文献

  • Eduence Field Production.2011.チュウヒ Eastern Marsh Harrier in Hokkaido. DVD 付属冊子. Eduence Field Production,札幌市.
  • 環境省. 2004. 希少猛禽類調査(イヌワシ,クマタカ)の結果について. 平成 16 年 8 月 31 日報道発 表資料
  • 環境省.2015.平成 26 年度 チュウヒ保護方策検討委託業務報告書.環境省,東京.
  • 日本イヌワシ研究会.2015.イヌワシの生息数…つがい数の減少と繁殖成功率の低下の33年間の推移(つがい総数が3割も減少)(2015年3月3日プレスリリース資料).
  • 白木彩子.2013.北海道におけるオジロワシの繁殖の現状と保全上の課題.オホーツクの生態系とその保全(桜井泰憲ほか 編著). pp 319-324, 北海道大学出版会,札幌.
  • Suzuki T. & Y. Kato.2000.Abundance of the Ogasawara Buzzard on Chichijima, the Pacific ocean. Journal of Raptor Research 34: 241-243.

*本リリース資料に掲載している写真を提供いたします。下記担当にお問合せください。

報道関係者様 問い合わせ先

■公益財団法人 日本野鳥の会 自然保護室 / 浦(うら) ・田尻(たじり)
TEL: 03-5436-2633
E-mail: [email protected](浦) / [email protected](田尻)

日本野鳥の会 URL: https://www.wbsj.org/

別紙資料

チュウヒとはどんな鳥

【種 名】
チュウヒ/Eastern Marsh Harrier/Circus spilonotus
【分 布】
ロシア極東域や中国東北部、サハリンなどで繁殖し、東南アジアで越冬する。日本では北海道、本州や九州で局所的に少数が繁殖し、一部は留鳥である。国内では多くのものは冬鳥であり、主に本州以南に渡来する。
【生息地】
湿地や干拓地、湖沼岸、河川の岸辺などの広いヨシ原で繁殖している。渡りの時期には河原や比較的狭い湿地にも現れる。冬期は全国各地のヨシ原などでみられるが、北日本では少ない。
【特 徴】
  • 全長:雄48cm~雌58cm
  • 翼開長:雄 113cm~雌 137cm
  • 雄:国内型は個体による色彩の変異が大きい。胸は灰白色で、茶褐色の縦斑がある場合とほとんど無い場合がある。体上面も茶褐色で、淡色の羽縁がある。足は黄色。嘴は黒く、ろう膜は黄色い。虹彩は黄色いが淡褐色のものもいる。尾羽の横帯は雌に比べると明瞭。腰は白く幅広い。大陸型と呼ばれるものは頭、首、肩羽、外側初列風切、小雨覆が黒いほかは灰色で、腰が白い。
  • 雌:色合いは雄と大きく違わないが、やや褐色味が強いようである。腰が白くなく、尾羽の横帯が見えづらい。
  • 幼鳥:齢の識別は非常に難しいが、成鳥に比べると全体が黒褐色である。頭部に関しては変異が多いため、当てにならない。
【行 動】
(繁殖期):4~8月
(採餌):両翼を浅いV字型に保つ滑翔と羽ばたきを繰り返しながら、風上に向かい低く飛んで地上の獲物を探す。風の強い日には停翔飛行も行なう。チュウヒの顔は平面的であり両眼視できる。また、顔盤は集音しやすくなっており、耳は大きいため、獲物を探すときには視覚だけでなく、聴覚も利用している。餌はネズミ類がもっとも多く、その他には小鳥、カエル、魚などを捕らえる。
(つがい関係):基本的に一夫一妻、まれに一夫多妻。
(巣・卵): 造巣は雌雄で行なう。地上に枯れたヨシやススキを粗雑に積み重ねて基礎部分をつくり、その上部にクズなどを皿型に浅く敷き詰めて産座にする。必ず巣は新規につくる。卵数は5~7個であり、産卵後も頻繁に巣材を運ぶ。
(抱卵・育雛):抱卵期間は約35日間である。抱卵中の雌は巣を離れることは少ないが、時折は抱卵交代が見られる。雄が餌を運んでくると雌は巣を離れて空中で受け取る(餌渡し)。育雛期間は約35日間である。ヒナは巣を離れてから何か所かを移動し、移動するたびに草を倒して擬似巣をつくる。巣立ってもしばらくは親に依存する生活を続ける。
【その他】
  • 絶滅危惧ⅠB類 ※2006年に指定(環境省)
  • 国内希少野生動植物種 ※2017年に指定(環境省)

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