ラムサール条約湿地片野鴨池および国指定天然記念物 マガン、ヒシクイの保護に関する再度の要望
日野鳥発第24 号
平成20 年6 月17 日
資源エネルギー庁 長官
望月 晴文様
東京都品川区西五反田3-9-23
丸和ビル
財団法人 日本野鳥の会
会 長 柳生 博
ラムサール条約湿地片野鴨池および国指定天然記念物
マガン、ヒシクイの保護に関する再度の要望
平素より本会の環境保全活動に対し、ご理解ご協力をいただいておりますことを深く感謝申し上げます。
さて、福井県あわら市における風力発電施設建設計画に対しまして、平成18 年5 月26日付けで要望書を提出させていただきましたが、それ以降も私どもは鳥類への影響について、ガン類にしぼって調査を行ってきました。そして、自然環境への影響について検討を加え、事業者や関係する自治体、学識経験者の方々とも議論してきました。
私どもは事業者より、本年3 月7 日に鳥類に対する環境影響の予測と保全措置に関する説明を受けましたが、事業者の説明は、2 ページの簡単な資料と口頭によるもので、最終的な環境影響評価書については未だに目にしていません。事業者は環境影響評価書案を公表して議論に付する必要があると考えております。このように現状では議論は決着しておりませんが、現時点で把握している環境影響予測については、マガンやヒシクイの生息環境を悪化させ、ラムサール条約湿地片野鴨池にも影響を与える恐れがあると私どもは判断しています。
現在、事業者である電源開発株式会社からの補助金の申請について、御庁内でご検討中のことと思います。私どもは以上の状況を踏まえ、再度、下記のとおり要望いたします。
記
風力発電施設の設置がラムサール条約湿地片野鴨池の生態系とそこに飛来・越冬する希少種のマガン、ヒシクイに悪影響を及ぼさないためには、立地選択の変更が必要です。補助金交付の決定にあたってこのことを十分にご考慮ください。
理由は以下の通りです。
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ヒシクイは絶滅危惧Ⅱ類、マガンは準絶滅危惧種に指定され、また、両種とも国の天然記念物に指定されています。
ヒシクイは環境省の2006 年版の「絶滅の恐れのある野生生物の種のリスト」では絶滅危惧Ⅱ類、マガンは準絶滅危惧種に挙げられており、また文化財保護法により両種とも国指定天然記念物とされています。
これまでの調査から、片野鴨池に飛来しているマガンは太平洋側に飛来するマガンとは別の個体群に属すると考えられており、マガンの遺伝的多様性を保全する上でも貴重な群れです。そのため、マガンの保護には十分に留意する必要があり、風力発電施設の建設により何らかの悪影響を与える可能性があれば、それを取り除かなければなりません。 - ガンが建設予定地を通過する頻度は少なくても、大きな群が通過することにより多大な影響が生じる恐れがあります。
私どもの調査では、あわら市北部を通過したガン類は、建設予定地ではなく北潟湖上空を多く通過していました。しかし、通過した群の平均個体数は、建設予定地上空を通過した場合が最も多くなっていました。
ヘトカー他(文献1)によれば、ヨ-ロッパにおいてはヒシクイ、マガンを含むガン類の衝突死の事例が見つかっているため、風力発電施設の設置場所をガン類が通過すれば、衝突死が生じる危険性があります。通過頻度は低くても群の個体数が多ければ、ひとたびマガンが通過した際に大きな影響が出る可能性があります。 - その年の積雪量によりマガンが建設予定地上空を通過する頻度が変化する可能性があります。
ガン類の採食場所とあわら市における飛行経路には、関連性のある可能性があります。過去の観察事例から、積雪の多い冬には、積雪の影響が小さい海側の水田を採食地とすることが分かっており、平成17、18年度の私どもの調査結果はこのことを裏付けています。また、積雪の多い冬にはあわら市を通過する群は北潟湖上ではなく、より海岸側を通過しているという観察例があります。私どもの調査でも、積雪の多い平成17年度には、より多く海岸側(建設予定地上空)を通過していました。
事業者は、雪の多かった平成17 年度には十分な回数の調査を実施しておらず、また、平成18 年度に行った追加調査の結果を加えて環境影響を予測していますが、積雪が多い年の予測はできていないと考えられます。しかし上記のことから、積雪が多い年はより高頻度に建設予定地上空を飛行する可能性があり、このことを予測に盛り込む必要があります。
また、マガンがこれまで採食地としてよく利用していた福井県坂井市川崎周辺の水田は、採食範囲の中では西側の海岸よりに位置しますが、平成15年度から20年度にかけて基盤整備事業が実施されており、この間はマガンはこの区域で採食せず、より内陸側の区域で採食していました。この基盤整備事業が終了し、再び採食地とするようになった場合も同様に、調査実施時よりも高頻度に建設予定地上空を通過する可能性があります。 - 当会の調査結果を使用した場合のシミュレーションによる死亡数は、ガン類の保護上において無視できない規模です。
事業者は、環境影響予測において専門家の協力を得て死亡事故の年間発生数のシミュレーションを行っており、事業者のデータに加えて私どもの調査結果を盛り込んだ場合の予測も行っています。
マガンは風車を避ける行動をとる場合ととらない場合で、予測死亡数が変化します。私どもの調査結果も含めて推定を行った場合、避けると仮定すれば年間で10.3羽が、避けないと仮定すれば年間で87.1羽が衝突すると予測されました(文献2)。事業者による私どもへの説明では、マガンが風車を避けないことは考えられないとしていますが、(2)でも述べたように、海外ではガン・ハクチョウ類が風車に衝突している事例が見つかっています。そのため、影響予測においてはマガンが風車を避けない可能性を十分に考慮する必要があります。推定どおりであれば、マガンの個体群に対するマイナスの影響は多大であると考えます。 - 衝突死が少ない場合でも、障壁効果によるマガンの越冬個体数の減少を考慮する必要があります。
ヨーロッパでは、ガン類が移動時に風力発電を避けるために飛行経路を変更させる「障壁効果」の事例も報告されています。この場合、衝突死は生じませんが、片野鴨池で越冬しているガン類に長期的に与える影響を考慮する必要があります。風力発電が鳥類に与える影響について総合的に考察したドレウィット他(文献3)によれば、障壁効果について、「発電所を避けるために渡り鳥が渡り経路を、そして留鳥は飛行経路を変えざるを得ないことも一種の生息地放棄である。これは重要な問題である。立ち並ぶ風車を迂回するために、飛行に費やすエネルギーが増加する可能性だけでなく、採食場所、ねぐら、換羽場所、繁殖場所のつながりが発電所によってとぎれる可能性もあるからである。種、行動様式、飛行高度、風車からの距離、風車の配置、風車の稼動状況、時間、風の強さや向きなどの要因によって、飛行方向、高度、速度のわずかな「手直し」から大きな迂回まで、影響の出方は大幅に変わる。迂回する距離が大きいと、発電所の反対側の地域を利用する鳥の数が減るかも知れない。」としています。採食地との往復に支障をきたした場合に、片野鴨池におけるガン類の越冬数の減少を招く恐れも考えられ、そうなればラムサール条約湿地である片野鴨池の生物学的な機能を間接的に低下させることになります。これはラムサール条約湿地の管理上も由々しき事態であると考えられます。
以上の5 点を考え合わせると、より安全な環境保全措置は、片野鴨池に生息する水鳥に影響を与えない場所に風車の建設位置を変更するため、立地選択をやり直すことであると私どもは判断いたします。今回の協議の結果が、天然記念物の現状変更あるいはラムサール条約湿地への悪影響といった将来への禍根とならぬよう、くれぐれも慎重なご判断をお願い申し上げます。
以上
引用文献
(文献1)
Hoetker, H., Thomsen, K.-M. & H. Jeromin 2006. Impacts on biodiversity
of exploitation of renewable energy sources: the example of birds
and bats.
Michael-Otto-Institut im NABU, Bergenhusen.
(文献2)
2007 年7 月7 日 あわら市主催の「風と生き物のシンポジウム」での講演資料
(文献3)
Drewitt,L. & R. H. W. Langston. 2006. Assessing the impacts
of wind farms on birds. Ibis 148: 29-42
(邦邦訳 野鳥保護資料集第21 集「野鳥と風車」9~24 ページ)
発電所を避けるために、渡り鳥が渡り経路を、留鳥が飛行経路を変えざるを得ないことも一種の生息地放棄である。これは重要な問題である。立ち並ぶ風車を迂回するために、飛行に費やすエネルギーが増加する可能性だけでなく、採食場所、ねぐら、換羽場所、繁殖場所のつながりが発電所によって、とぎれる可能性もあるからである。種、行動様式、飛行高度、風車からの距離、風車の配置、風車の稼動状況、時間、風の強さや向きなどの要因によって、飛行方向、高度、速度のわずかな「手直し」から大きな迂回まで、影響の出方は大幅に変わる。迂回する距離が大きいと、発電所の反対側の地域を利用する鳥の数が減るかも知れない。(14ページ)
障壁効果が個体群に重大な影響を与えることを示唆する調査報告はないが、間接的に個体群にまで影響が及ぶ可能性が考えられる状況がある。例えば、営巣場所と採食場所の往復に利用している飛行経路を発電所が事実上、遮断した場合や、複数の発電所が相乗的に作用して、大きな障壁を作り出し、迂回路が数十kmになり、エネルギー消費の増加を招く場合などがそれに該当する。(15 ページ)