「都市におけるカラスの生態と生活被害対策について」―東京都カラス対策プロジェクトチームに行った講義内容―

2001.9.26
日本野鳥の会研究センター 黒沢令子

(財)日本野鳥の会は、平成9年度の東京都建設局からの委託による井の頭公園の調査や、シンポジウム「とうきょうのカラスをどうすべきか I(1999年)」(日本野鳥の会東京支部主催)への参加・協力を皮きりに、都市におけるカラスと人のあつれきを科学的に解決していく方策を検討してきました。また、2000年には環境省の委託により都市におけるカラス被害対策モデル事業を行ない、その結果を「カラスフォーラム2001」で発表しました。また「自治体担当者のためのカラス対策マニュアル」を環境省の委託により策定しております。
東京都のカラス対策プロジェクトチーム発足にあたっては、専門家としてのヒアリングを求められました。この要約はその際に行なった講義をまとめたものです。


  1. はじめに
  2. カラスの基本生態(井の頭公園の事例)
  3. 海外の事情
  4. カラスによる生活被害の現状と防除
  5. 東京周辺で始まっている自治体の対策
  6. 東京都に期待される役割

1. はじめに

  • カラスの生態系の内での地位(ニッチ)は、他の鳥に例えて言えばスズメ、カモメ、トビ、ワシをすべた合わせたようなところに相当します。
    つまりカラスは種子や果実、魚、死肉、肉を全部食物とすることができ、たいへん食性の幅が広く環境への適応力が高い鳥です。
  • 都市に多いのはハシブトガラスで、本来は森林性の鳥です。自然の森林生態系の中では、樹木で果実や種子、樹皮の中の昆虫などを食べ、樹上に巣を作って繁殖しています。都市では、公園などの樹木に巣を作って、昆虫や種子を食べる他に、人間が出す生ごみや残飯、ペットフードなどを利用しています。以下ここで「カラス」というのは、ハシブトガラスを指します。

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2. カラスの基本生態(井の頭公園の事例)

  • 【1日のくらし】カラスは、朝は夜明けより30分くらい前にねぐらを出て、採食に出かけ、満腹すると休息したり水浴びをしたり遊んだりして昼間を過ごします。夕方になると、2、3羽づつねぐらに帰ってきて、また集団ねぐらで眠ります。
  • 【ねぐら】カラスは、夜間は常緑樹などの暗い森の中に集まり、集団ねぐらをとります。晩夏にはその年生まれの幼鳥が加わって一か所のねぐらに集まる数も増します。小さな数羽のねぐらから大きな万単位におよぶものまで知られています。大きな常緑樹の林では、冬に最も個体数が増加し、春から繁殖期にかけて、なわばり個体がなわばりに居ついて戻らなくなると減る傾向があるようです。
  • 【寿命と成長】一般に野鳥は、若鳥は餌を取るのが下手なので、初めての冬を乗り切ることができずに、巣立った最初の年に多くが命を落とす割合が高いことが知られています。カラスでは1年目を越えられれば、10年以上は生きるだろうと考えられています。しかし、実際にハシブトガラスで個体識別をして特定の個体を追って調べた研究が少ないので、寿命などの知識は今後の課題の一つです。若鳥は集団で行動していますが、そのうちにつがいになる相手が見つかると、雌雄の2羽でなわばりを構えます。なわばりは、その中で食べ物を手に入れ、巣を作って繁殖するためのエリアで、いわば家庭菜園付き一戸立て住宅のようなものです。
  • 【繁殖】東京周辺ではおもに3月~6月ころに繁殖行動が見られ、幼鳥は6~7月ころ巣立ちます。8月~9月ころ幼鳥は一人前になって親元を離れ、若鳥の群れに合流します。親鳥はふたたびつがいだけになったなわばりを守りながら、非繁殖期を過ごします。
  • 【食物】井の頭公園での調査によると、公園のカラスの食べているのが観察された餌の6割以上が人に由来する食べ物でした。内訳は、ごみ箱から取り出した生ごみ、人がやったパンなどの食物、そして動物舎の餌でした。
  • 【生息密度と行動範囲】井の頭公園には20か所ほどに巣があり、巣と巣の間の距離はおよそ100mていどでしたが、中には50mしか離れていない巣もありました。同じ公園でも、都心の六義園の調査では、もっと狭い範囲に巣が密集していたと言い、都心の方がカラスの密度は高いようです。カラスの若鳥はなわばりをもたずに、もっと広い行動圏をもっているようです。
    朝、ねぐらを出ると食物を探しながら、この行動圏の中を周回するように移動しているのではないかと考えられます。上野公園のカラスにPHSを装着して追跡するというユニークな方法で東京大学の森下英美子さんと樋口広芳教授が行った調査では、上野公園に一日中留まる公園派、荒川などの河川敷の小公園を周回する下町派、さらに銀座、赤坂、六本木などの繁華街を次々と回るシティ派がいたといいます。行動範囲はおよそ5km圏内でした。目黒の国立自然教育園の調査では、およそ若鳥の行動範囲は10km圏内に収まることが分かっています。
  • 【調査方法】カラスの数を調べる方法には、道を歩いて日中の密度などを数えるルートセンサス法と、定点でねぐらに出入りする数を数え、その地域の総数を推定する調査方法があります。それぞれ一長一短あるので、目的に合った方法を選びます。対策をとろうとするには、相手を知らなければなりません。カラスとごみの現地視察をして実地に自分の目で確かめましょう。

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3. 海外の事情

  • ハシブトガラスはアジアの南側だけに生息している鳥なので、高緯度の欧米諸国にはいません。これらの国々の都市にはその代りに同じような地位にカモメ、アライグマ、クマなどがおり、ごみを野外に放置しておくことはこれらの動物を人に近づけることになるので、法令でごみの野外放置を禁止している所もあります(アラスカ州の例)。アジア・南米諸国ではイエガラス、ハゲワシ、サルなどが掃除家の役割をしています。こうした地域の人々は、ごみを戸外に出しておけば、これらの動物が掃除をしてくれるという意識をもっているようです。

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4. カラスによる生活被害の現状と防除

  • 都会においてカラスによる生活上の3大被害はごみ散乱、攻撃、騒音です。今までに東京都が行なったカラスの数の調査はありません。私たち日本野鳥の会が行なったねぐらアンケート調査では、2000年~2001年にかけて東京23区でおよそ2万5千羽、市町村部でおよそ7千羽、東京から50km圏内を全部合わせると8万羽と推定されています。
  • 田んぼに立てられる案山子(かかし)に代表されるように、日本人は昔からカラスが嫌う物を使って、被害を防除して来ました。カラスが嫌うものには、炸裂音、爆発的な光、見つめる人間、オオタカ、フクロウなどがあります。ただし、これらの方法で得られるのはいずれも一時的な追い払い効果であり、長期間持続する効果を期待することは無理のようです。
  • カラスが増えるのを防ぐ方法はあります。一般に環境における資源容量(食物)は限りがあり、個体数それを越えると飢え死にする個体が出るようになります。また、食物量が多い所では、何かの理由で個体数が減っても次の繁殖でその容量の限度まで回復します。現在、大都市では自然の食物量はさほど高いとは思われないのに、人が出す生ごみや残飯、餌やりによる食物量が多いために、雑食性のカラスはこの食物をうまく利用して、自然界ではありえないほど個体数が増えた状態にあると考えられます。これを押さえるのは、簡単なことです。食物量=すなわち生ごみ・残飯を戸外に出さない・残さないことです。出す場合は、簡単に取られないように、人が工夫することです。また、都市では食料の大部分が都市外から運搬されたものであり、また海外からの輸入も非常に多い状態にあります。カラスを増やさない対策をとれば、同時に環境にやさしい都市生活を築くことができます。一方、駆除によって鳥類の個体数をコントロールするのに成功した例は海外を含めてほとんどありません。
  • 自然界ではたいてい冬に食物が少なくなります。そこで、この対策をとるのに最も効果的な時期は冬期でしょう。一地域からカラスを減らすことを目的とするなら、単に追出して隣へ追いやるだけにならないように、戦略的方法論をとることが必要です。例えば、東京なら周辺自治体と協力して、ごみ対策の案を練っておき、都心のような繁華街と公園で徹底的にごみ対策を行なうことが考えられます。

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5. 東京周辺で始まっている自治体の対策

環境省・日本野鳥の会共催 カラスフォーラム2001の事例

  • 品川区では、清掃事業が都から移管された平成12年度当初に独自の対策を始めました。駅前繁華街での早朝収集、ポリバケツの貸与を行ない、また折畳式ごみ集積所ケースを開発して使用しました。またモデル事業として、ごみの収集車が来る時間を表示して、それに合わせてごみを出してもらう時間別収集も試行しました。住民アンケートの結果では、ごみを出すのが8時台と最も早い時間帯が、散乱防止に一番役立つと考えられました。
  • 世田谷区では、住民からごみが散乱して困るという苦情があり、ごみ集積所の管理者にネットを無償で貸与する対策を1997年(平成9年)より始めました。また2000年冬には、環境省のモデル事業に協力してチェーン付きネットを試用しました。使用した住民にアンケートをとった結果、ほとんどの住民が散乱を防止できたと満足していました。ただし、3kgを越えるような3m×4mという大型のネットになると高齢者や女性には扱いにくいことがわかり、ごみ集積所の規模を制限する必要性があると思われました。
  • 三鷹市では、従来戸別にごみ収集を行なっていましたが、駅前繁華街ではごみの量が多く、散乱もひどかったので、夜間・早朝収集を試行しました。メリットとしては、ごみ収集の効率が上がる、ごみがなくなり、散乱もしないので街がきれいになることがあげられる一方、デメリットとして、夜中の清掃車の騒音、人件費の増加、マンションのごみ出し体制の変更をする必要性などがありました。市のごみ対策課でデメリットを一つ一つ解決していき、本格実施をしてアンケートをとった所、ごみの散乱がほとんどなくなり、住民の満足度は高いという結果が出ました。
  • 日野市では、ごみのリサイクル率を上げて、ゴミ減量を行なうために、戸別収集、有料化に踏み切り、それまでのダストボックスを廃止しました。結果として、ポリ袋にして出しても中のごみの量が少ないため、カラスにあらされることも少なくなりました。さらにごみ散乱防止のために、環境省のモデル事業でチェーン付きネット、分別用折畳みボックスなどを業者と開発して市民に試用してもらったところ、ごみの散乱防止に効果ありとして住民に好評でした。
  • 川崎市では、従来、農業被害も含めてカラスによる被害があり、農村地域では駆除を行なっていましたが、効果は認められませんでした。そこで、県内の自然保護団体(日本野鳥の会神奈川支部)に依頼してカラスとごみの調査を行ないました。その結果、農業被害の苦情の多い地区に、生ごみが多く出る市場があり、そこにカラスが集中していることがわかりました。現在、市は市場と話し合いながら、その対策に取組んでいます。

他の鳥での先進事例

  • 広島市では、平和記念公園にドバトが増え、近隣のマンションなどから糞害や営巣してダニが出るなどと苦情が多くなりました。そこで、専門家を呼んで対策委員会を設け、5ヵ年計画で餌やりを制限・禁止した結果、5年後にはドバトの数が4分の1まで減少し、苦情もなくなりました。
  • スイスのバーゼル市でも、広島市と同じくドバトが増えて苦情が多くなり、まず駆除を試みました。8割まで個体数を減らしたところ、周辺からどっと入り込んできて、かえって元の数より増加してしまいました。その後は第2段目の対策として餌やりを制限・禁止したところ半数まで減り、目的を達成しました。

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6. 東京都に期待される役割

  • 都内の区市町村は平成12年度の清掃業務移管により、独自の清掃事業を開始している所が出ています。都としてはこれらの自治体がごみ対策をやりやすいようにリードしていくことが求められます。
  • 大規模公園では人の残飯、生ごみ、動物の餌などがカラスを呼び寄せ、その餌になっていたことがわかっています。これを徹底して管理し、カラスに食べられないようにすることが肝心です。
  • カラスやクマなどの大型雑食動物が餌をもらえると思って人の近くにやってくると、動物が嫌いな人とのあつれきが増します。人を攻撃するような気の強いカラスが出現した背景にも、人との距離の近さがあると考えられます。この問題の解決には、カラスの行動を変化させてしまった人のライフスタイルを変える必要があります。そこで、公園などの管理者は利用者がカラスに餌やりをするのを制限し、場合によっては禁止する措置が当面必要でしょう。そのためには、公園に指導員を配置したり、生態観察などの観察会を設けるなどして、市民への普及・教育をしていくことが望まれます。

(財)日本野鳥の会・黒沢令子 (無断転載を禁じます)