プレスリリース 2011.01.18
2011年1月18日
日本野鳥の会三重と(財)日本野鳥の会は太平洋セメント株式会社に対し
絶滅危惧種イヌワシの保全のため
三重県いなべ市の藤原鉱山新鉱区の計画を見直すことを要請しました
日本野鳥の会三重(事務局:三重、代表:平井正志)、と財団法人日本野鳥の会(事務局:東京、会長:柳生博、会員・サポーター数約5万1千人)は、1月18日、太平洋セメント株式会社に対して、三重県いなべ市における藤原鉱山およびその周辺の新鉱区の採掘計画について、絶滅の恐れがあり国の天然記念物に指定されているイヌワシの保全のため、計画の見直しを求める要請書を提出しました(別紙1)。また環境省、文化庁、経済産業省、いなべ市、三重県に対し、本件に関する太平洋セメントへの助言と指導を求めました(別紙2~6)。
藤原鉱山およびその周辺の新鉱区の採掘については、同社により現在、環境影響評価のため各種調査などが進められています。日本野鳥の会三重の調査によれば、この採掘計画の事業地周辺でイヌワシ1つがいの生息が確認されており、その営巣や採食に影響が予測されることが判明しました。
イヌワシは絶滅する可能性が極めて高い鳥類で、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)においては国内希少野生動植物種、文化財保護法においては天然記念物に指定されています。2005年時点において確認されているのはわずかに192つがいであり、繁殖に加わっていない若鳥などを加えても400~500羽であろうと推定されています。さらに繁殖成功率が極めて低くなっており、近年ではわずかに20%程度です(日本イヌワシ研究会HPより)。イヌワシの保護のため、その生息地では多くの開発計画が取りやめになっています(添付資料参照)。
三重県と滋賀県の県境の鈴鹿山脈においては、かつて6つがいのイヌワシが生息していましたが、現在は3つがいしか生息していません。そのうち、計画中の鉱区の直ぐそばで営巣するつがいは、もっとも繁殖成績の良いつがいであり、他の2つがいは、近年ヒナを巣立ちさせることができていません。また当該つがいは、三重県内で繁殖する唯一のつがいです。その意味で、このつがいの現在の生息環境を維持できなければ、鈴鹿山脈に生息するイヌワシ全体が危機にさらされると判断されます。
藤原鉱山およびその周辺の新鉱区の採掘が、このつがいの生息環境を破壊し、鈴鹿山脈のイヌワシを絶滅へと導くのは、ほぼ間違いないと考えられます。このことから、環境影響評価準備書の結果を待つまでもなく、この開発を中止すべきことを申し入れました。
(なお本件については、日本自然保護協会、日本イヌワシ研究会からのご助言をいただいております。記して感謝いたします。)
イヌワシについて
日本野鳥の会三重
イヌワシ(狗鷲) 英名 Golden Eagle
大きさ 翼開長(翼を広げた状態の横幅)210―220 cm 全長75―95 cm
ユーラシア大陸、北アメリカ大陸に生息するが、各国で生息数が減っている。
主として草原で繁殖する大型の猛禽、日本では山岳地帯で生息している。イヌワシは食物連鎖の頂点に位置し、生物多様性の象徴ともなる種である。日本での主な獲物はノウサギ、ヘビ類、ヤマドリ、一営巣期に2卵を産み、1羽のヒナを育てる。
イヌワシはかつて日本全国の山地・高山に生息しているが、全国でも2005年時点で確認されているのはわずかに192つがい。繁殖に加わっていない若鳥などを加えても400~500羽であろうと推定されている(日本イヌワシ研究会HPより)。環境省の試算では260つがい、650羽(可能性を含めた数)(環境省 2004)。繁殖率が極めて低くなっており、近年ではわずかに20%程度である(日本イヌワシ研究会HP)。
三重県と滋賀県の県境の鈴鹿山脈には1970年代には6つがいが生息していたが(京都新聞2009年3月5日)、現在はたった3つがいしか生息していない(山崎亨氏の2010年11月24日いなべ市における講演会講演による)。2つがいは滋賀県側、そのうち、計画中の鉱区の直ぐそばで営巣するつがいはもっとも繁殖率の良いつがいであり、1999年以降の11繁殖期で6回巣立ちを成功させている。他の2つがいは近年ヒナを巣立ちさせることができない。鈴鹿山脈での近年の繁殖成功率は16.7%(山﨑亨 2008『空と森の王者イヌワシとクマタカ』)。当該つがいは三重県で繁殖する唯一のつがいである。紀伊半島ではかつて大台山地でも繁殖していたが、現在は繁殖してない。
イヌワシの場合は採餌に広大な森林、草地を必要とし、また営巣には人などの動物が接近できない岩棚を利用し、人に対し警戒心が極めて高い。一度絶滅させると、このような猛禽を復活させる技術は確立していない。
国土交通省の事業等でもイヌワシの生息が確認されれば事業を根本的に見直し、生息域には手を付けないのが常識である。風力発電の計画も中止になっている(次表参照)。
イヌワシ(写真 日本野鳥の会三重)
表 イヌワシ生息地における近年の開発計画
事業の名称 | 県 | 地域 | 開発主体 | 結果・状況 | 終結時期 |
奥只見(湯之谷揚水発電) | 新潟 | 湯之谷村 | 電源開発株式会社 | 中止 | 2001年8月 |
奥只見(佐梨川ダム) | 新潟 | 湯之谷村 | 新潟県 | 中止(調査費計上見送り) | 2003年 |
根子岳風力発電 | 長野 | 須坂市 | IPPジャパン | 中止 | 2009年7月 |
夏虫山における風力発電所計画 | 岩手 | 三陸町 | 住友商事・三陸町 | 中止 | 2001年1月 |
段ヶ峰ウインドファーム | 兵庫 | 朝来市・宍粟市 | クリーンエナジーファクトリー、エコ・パワー | 中止 | 不明 |
田沢湖 巨大リゾート | 秋田 | 駒ヶ岳山麓 | JR東日本 | 中止 | 不明 |
新治村(にいはる)リゾート開発(スキー場、ダム) | 群馬 | 新治村(現 水上町) | コクド・国土交通省 | 中止 | 2000年1月 |
鳥海山大規模スキー場 | 山形 | 八幡町 | コクド | 中止 | 1997年9月 |
奥伊吹における風力発電所計画 | 滋賀 | 米原市 | 未公表 | 中止 | 2006年 |
オートサーキット「スパ霧積」 | 群馬 | 安中市・松井田町(妙義山) | カワサキモータース | 中止 | 2004年11月 |
大船渡工場次期原料山開発事業 | 岩手 | 住田町 | 太平洋セメント(大船渡工場) | 環境影響評価準備書 | |
藤原工場周辺次期原料山開発事業 | 三重 | いなべ市 | 太平洋セメント(藤原工場) | 環境影響評価方法書終了 |
日本野鳥の会三重調べ
別紙1
日野鳥発第52号
2011年1月18日
太平洋セメント株式会社
代表取締役社長 徳植桂治様
日本野鳥の会 三重 代表 平井正志
財団法人日本野鳥の会 会長 柳生 博
藤原鉱山およびその周辺の新規開発についての要請
厳寒の候、貴職におかれましては益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、貴社が現在、三重県いなべ市藤原町において計画されている藤原鉱山およびその周辺の新鉱区の採掘については、これまでも日本野鳥の会三重からご意見申し上げてきているところです。
貴社が新たに採掘を計画されている2鉱区のうち1カ所、治田鉱区は絶滅のおそれのある鳥類であるイヌワシの営巣地に極めて近く、ここで採掘が開始されると、近接して繁殖するイヌワシのひとつがいは確実に営巣を放棄すると想定されます。また、もう一方の藤原岳山頂に近い山頂鉱区もイヌワシの採餌場所と想定されるので、基本的には開発すべきでありません。
ご承知の通り、イヌワシは、トキやコウノトリと同様に絶滅する可能性が極めて高い鳥類で、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)においては国内希少野生動植物種、文化財保護法においては天然記念物に指定されています。イヌワシはかつては日本全国の山地・高山に生息していましたが、2005年時点において確認されているのはわずかに192つがいであり、繁殖に加わっていない若鳥などを加えても400~500羽であろうと推定されています。さらに繁殖成功率が極めて低くなっており、近年ではわずかに20%程度です(日本イヌワシ研究会HPより)。
イヌワシは採餌に広大な森林、草地を必要とし、また営巣には人などの動物が接近できない岩棚を利用し、人に対する警戒心が極めて高いため、現在の生息地を別の場所で代替させることはきわめて困難と考えられます。さらにイヌワシは食物連鎖の頂点に位置し、生物多様性の象徴ともなる種です。
国土交通省の事業などでもイヌワシの生息が確認されれば、事業を根本的にみなおし、生息域には手を付けないのが常識です。また、風力発電の計画についても、兵庫県・段ヶ峰、長野県・根子岳など多くが中止になっています(別紙参照)。現在の日本でイヌワシはそれほど貴重な種なのです。
三重県と滋賀県の県境の鈴鹿山脈においては、かつて6つがいのイヌワシが生息していましたが、現在はたった3つがいしか生息していません。そのうち、計画中の鉱区の直ぐそばで営巣するつがいは、もっとも繁殖成績の良いつがいであり、他の2つがいは、近年ヒナを巣立ちさせることができていません。また当該つがいは、三重県内で繁殖する唯一のつがいです。その意味で、このつがいの現在の生息環境を維持できなければ、鈴鹿山脈に生息するイヌワシ全体が危機にさらされます。
今回の貴社の藤原工場周辺の新鉱区、特に治田鉱区の採掘(採掘準備を含む)が、このつがいの生息環境を破壊し、鈴鹿山脈のイヌワシを絶滅へと導くのは、ほぼ間違いありません。したがって、私どもは環境影響評価準備書の結果を待つまでもなく、この開発を中止すべきと考えています。もし、これらの鉱区の開発に着手するなら、文化財保護法、種の保存法の趣旨に反することは明らかで、社会的・道義的責任は免れ得ません。
以上を踏まえ、私どもは貴職に対し、以下のことを要請いたします。
記
- 貴職が日本の自然、生物多様性を保護することに理解を示し、大局的な判断の上、治田鉱区の計画を中止されることを求めます。
- 山頂鉱区に関しても当該つがいの採餌場所と想定されるので、開発すべきでありません。もし開発をめざすのであれば、当該イヌワシつがいの行動圏とその内部構造を詳しく解析し、繁殖への影響を十二分に検討し、影響を回避することを求めます。
以上
なお、イヌワシ保護のため、本件に関する詳しい生息場所については公表しません。お問い合わせにも応じられませんので、ご了承ください。